![第6回 マギー審司さん ご本人インタビュー♪ [前編]](/yomimono/childcare/kdckd10000000sx8-img/kdckd10000000syw.jpg)
【私流子育て】第1回目は、キッズステーションで放送中の人気番組『マギー審司のSmile Magic』でもおなじみ、マギー審司さんのお父さまとお母さま。 “飴とムチ”を実践された子煩悩なお父さまと、それを支えた優しいお母さまのユニークな子育て奮闘記は心の温まる素敵なお話でした。 今回は、そんな親御さんから愛情たっぷりに育てられたマギー審司さんご自身に、小さい頃を振り返っていただいた子育てスペシャルインタビュー♪ 2回にわけてお送りします。
2008/08/30
▲質問に対し誠実に答えてくださるマギー審司さん
いろいろ迷惑をかけましたねぇ(笑)。
小学生の頃、友達からあいあい傘を書かれて冷やかされたんです。 頭にきて、その子の名前と女の子の名前を書いたら、「そうだよ、俺、好きだよ。ありがとう」とか言われて。
ほんとは自分もその女の子が好きだったのに、逆に悔しくなっちゃって(苦笑)。 その男の子の名前を消して、自分の名前を書いたんです。 帰り道だの道路だの、そこら中にいーっぱい書きまくって。
帰ったら、父から「全部消して来い!」ってすごく怒られて、暗い中、消しに行ったこともありましたね。(笑)
うちは、何か悪さをしたら、必ず正座をさせられました。 道路でも、泊まりに行った旅館でも、どこに行っても正座をさせられましたねぇ。 父の大事にしていたお酒を2階から流したときは、真っ暗な押入れに入れられ、手足を縛られましたねぇ。(苦笑) 僕らの時代はどこの家もそんな感じで、父親は怖かったですね。 階段からおしっこをしたこともありました。 とにかく、いたずらがひどかったので、そりゃ厳しくしないとね。(笑)
▲ライブでどんな手品がよいか打ち合わせ中♪
うちは電気屋ですが、父は人を喜ばせるのが好きで、ただ物を売るだけでなく、常に、どうすればお客さんが喜んでくれるかを考えていて、そういうところを子どもなりにすごく尊敬していました。 だから、小さい頃は電気屋さんになりたかったんです。
父は、プレゼントもただ渡すのではなく、どうやったら喜ばせられるかを考えていました。
昔、ゲームウォッチがすごく欲しくて。 誕生日プレゼントはゲームウォッチ、ってお願いしていたんですが、誕生日当日、大きな箱を渡されて、あけたらポケットティッシュがたくさん入っていて、ものすごくがっかりしたんですよ。
▲種明かし・・・え!?そんな単純なこと?制作スタッフもびっくり
そしたら、「ちゃんとよく見たの?」って。
よく見たら、中にちゃんとゲームウォッチが入っていたんです。
他にも、包みをあけるとまた包みがあって、包みをあけてもなかなかプレゼントが出てこなくて。 年の数だけ、包まれていたこともありましたね。
父は、いつも凝った演出で楽しませてくれました。 そういう演出が、師匠であるマギー司郎の手品にも通じるんです。
一度がっかりさせておいて実はちゃんとできる、みたいな。
いい意味での裏切りというか、そういうところが似ているんですよね。 どうしたらお客さんを喜ばせることができるかを考えるのは、どちらもいっしょです。
小学5年生のときに、教頭先生から手品を見せてもらうまでは、手品を見る機会すらなかったんです。
アメリカでプロのマジシャンに出逢えなかったら、手品師にはなっていませんでした。 気仙沼で手品師をやって食っていけるイメージはなかったですからね。
▲大好きなマジックを仕事にできて幸せと語るマギー審司さん
19~20歳頃、アメリカから帰ってきて、マジシャンになりたいというよりは、マジックショップの店員さんとか、マジックに関することを仕事にしたいな、って思っていました。
ところが、『笑っていいとも』に出てみたら、お客さんにウケたんですよ。 このときにすっかり味をしめてしまい、手品師になりたいと真剣に思いました。テレビに出るということは、何万人という人が喜んでくれることなんです。
そして、生(ライブ)で、お客さんにうけたときのうれしさは、僕ら芸人にとっては、何をするよりも気持ちがいいんです。
だから、僕は仕事でのストレスはないんです。 仕事をやっているときがストレス発散の場。
むしろ、舞台に立てない方がストレスなんです。
マギー審司さん