
浦和レッズ/岡野選手のお母さま、岡野たみこさんに、母親ならではの視点と深い愛情で関わり続けた子育ての日々を4回に渡ってお話していただきました。 スポーツを通じて育んだ熱い絆は、岡野選手が大人になられた現在でも変わることなく、深く強く結ばれています。 そして、親御さんの強力なバックアップを受けてきた岡野選手ご自身は、どのように感じていらしたのでしょうか? 野人の野人たるゆえんに迫ります。
2008/07/04
▲ひとつひとつの質問に対して丁寧に話してくださる岡野選手
僕は一人っ子だったんで・・・
僕の記憶では、同じくらいの年の子どもと接するのが苦手で、仲間とか友達とかあまりいなかったですねぇ。
幼稚園に入ったときに、最初に仲良くなったのも女の子でした。おふくろの仲のいいテニス仲間の娘さんが同じ幼稚園だったんで、その子と手をつないで通っていました。
自分から友達の輪の中に入っていくのが苦手な子どもでしたね。
大人が大勢いるのには慣れていたんですけど。
僕、嫌だったんですよ。 同じくらいの年の子どもが大勢いるところへ行くのが。
サッカークラブへ入るときも、泣きながら親に連れて行かれて(苦笑)。
▲小さいながら人を寄せつけない迫力のある走り!とても泣きながら連れていかれた子とは思えません
やっぱり、サッカーですね。
サッカーをやるようになってから、友達もたくさんできて、積極的になったんです。
そしたら、こんな風になっちゃって(笑)。
▲トレードマークのパイナップルヘアを束ねて練習
もう、すっごかったですね(笑)。
試合のあと、ごはんをいっしょに食べるの、嫌でしたもん(苦笑)。 絶対、サッカーの話なんですよ。 怒られたりして。 それは嫌でしたねぇ。
熱いというか、
勉強をあきらめていた分、サッカーに関してはとにかくうるさかったですねぇ(笑)。
でも、そういうのがあったから、よかったのかな、今の自分があるのかな、って思いますね。
いやいや、こっちの方が感謝ですよねー、それは。
もう間違いなく!
岡野雅行さん