
千秋さんをはじめ、4人のお子さんを育て上げたお母さんは、今年83歳とは思えないほどバイタリティにあふれてチャーミング。自分の店を忙しく経営しながらもきっちりと筋の通った子育ては、今の時代だからこそ参考になることがいっぱいです。『向井千秋記念子ども科学館』がある館林市内のご実家で、終始ほがらかな笑い声が響くインタビューとなりました。(全4回)
2008/04/04
▲1991年開館の向井千秋記念子ども科学館
この間も千秋の引越の手伝いに40日ほどフランスに行っていて。今度は長男が50いくつで赤ん坊ができたというのでフロリダへ。「この子が20歳になるまでは生きていてね」って言うから、「100歳過ぎちゃう」って言ったの(笑)。子どもたち全員が集まる機会は滅多にないんです。千秋は日本に戻ってきたけれど、仕事で年中出歩かなきゃならないから浮き草と同じ。いつ出かけても大丈夫なように、部屋には大きなかばんが7つくらい、国ごとに用意されているんですよ。
千秋が宇宙飛行士になった時、「宇宙は絶対安全!」だなんて私に言ったわりには、弟や妹には「何かあったらおかあちゃまを頼むね」と言っていたらしいの。「私は好きでやっているんだから宇宙の塵になっても泣かないでね」なんて言うものだから「泣くよ!」って私は言ったの(笑)。打ち上げの時もいざとなったら、おいおい泣いて見ているどころじゃなかったですよ。涙拭いて見たらもう煙だけしかないの。それにいくら私が足が早くても4km離れた水の上でしょ、駆けていって止めるわけにもいかない。たいへんですよ本当に、あんなことされたら(笑)。
▲ミツさんお手製の干し柿は手作りならではのやさしい味
千秋は、私がうちの柿をもいで作る干し柿が大好きで、この間も1000個作ってくれって言うから冗談じゃないよって。でも700個むいて作ってやりましたよ(笑)! あの子、ちっちゃいときからすごくにぎやかで明るいの。中学から東京に出た時も、電話での暗い声なんて一度も聞いたことがない。今でもうちに来ると「はいおかあちゃま大きな声で! 今日も元気でがんばるぞー!」なんて言ってでかけるの。NASAの人にも「千秋ちゃんは漫才師にでもさせたほうが出世の早道ですよ」って言われたくらい(笑)。あんなに明るくしていても、悩みはあると思うんですよ。よく私が頼むの、「寂しい時や哀しい時は親子なんだから、おかあちゃまにだけは言ってちょうだい」って。でも、あはははって笑って何も言わない。「どうしてそんなに千秋はいい子なんだろうね」って言うと、いつもあははは、と笑っています。
向井千秋さん